傀儡の恋
04
彼らの言動に裏はなかった。その事実が逆にラウを不安にさせた。
「お兄ちゃん、行っちゃうの?」
明日にはシャトルが出る。その日にキラがこう問いかけてきた。
「キラ。わがままを言ってはいけないよ。ラウ君にはラウ君の事情があるのだしね」
そんなキラを父がなだめている。
「そうよ、キラ。ラウ君を困らせてはだめ」
彼の母がそう言ってキラの顔を覗き込んだ。
「また会えるかもしれないわ。それまでに、キラの格好悪いところを覚えていられたいの?」
その可能性は低いだろう。しかし、キラには効果があったらしい。
「……我慢する……」
消沈した様子でこう言い返している。
「大丈夫だよ。シャトルがあるからね。全く会えなくなるわけではない」
ラウは思わずこう声をかけた。
「プラントで待っていてくれる人たちもいる。だから、どうしても行かないわけにはいかないのだよ」
さらにこう付け加えた。
「本当?」
キラがこう言いながらラウを見上げてくる。
「こうして出会えたのだからね」
そう言って微笑んでみせれば、キラもようやく笑みを浮かべた。
「ただ、見送られると寂しくなるから、明日は普通に学校に行ってくれるかな?」
だが、この言葉に彼はすぐに泣きそうな表情を浮かべる。
「いってらっしゃいって、言えないの?」
「俺がキラ君に『いってらっしゃい』って言いたいんだよ」
そう言えばキラは小さな声で「だめじゃない」と言い返してくれた。
「いい子だね、キラ君」
そう言いながら、ラウはキラの頭をなでる。
だが、そんな行動を起こした自分に本人が一番驚いていた。そんな行動を取るつもりがなかったのだ、彼は。
それでも、心のどこかで納得している自分がいることにも気づいていた。
「それと、もう一つお願いをしていいかな?」
ラウはそう言いながらキラの瞳をのぞき込む。
大きなすみれ色のそれに自分の顔が映り込んでいる。その光景がものすごく懐かしく慕わしい。
「出来れば、キラ君の笑顔を覚えておきたいから、明日の朝は笑ってくれるかい?」
いつもより優しい声音になっていると自覚しつつも、ラウはこう続けた。
「僕のこと、わすれない?」
それにキラはこう聞き返してくる。
「もちろんだよ」
あの日々と同じ、平穏で幸せだと思えた時間。その象徴は彼になるはずだ。だから、わすれるはずがない。例え二度と会えなかったとしても、だ。
「……なら、がんばる」
キラはそう言う。
「頼むよ」
言葉とともにそっと小指を差し出す。そうすれば、キラもすぐに細い指を絡めてきた。
そのすぐ後で、キラは母親にベッドへと連れて行かれた。
「すまなかったね」
苦笑混じりの声がこう言ってくる。
「いえ。教えればこうなるとわかっていながらも、教えたのは俺ですから」
てっきり諸手を挙げて喜ばれるとばかり思っていたのに、と胸の中だけで呟く。
「あの子はきょうだいを欲しがっていたからね」
そのせいだろう、と彼は苦笑を浮かべた。
どうやら彼らには二人目を望めない理由があるらしい。しかし、そこまで踏み込むのはと思ってラウは疑問を押し殺す。
「すぐに忘れますよ」
代わりにこう呟く。
「どうだろうね。案外覚えているかもしれないよ」
即座に言い返される。
「その時は、あきらめて付き合ってやってくれ」
「もちろんです」
ラウはしっかりと頷いて見せた。
翌日、キラは約束通り微笑んでくれた。それにラウも微笑み返す。
「行って来ます」
キラは笑顔のままそう言ってくれる。
「いっておいで」
ここ数日のように『お帰り』と言えればいいのに。自分で決めたことなのだから、とわかっていてもこう考えてしまう自分に自嘲の笑みがわき上がってくるラウだった。